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しばらく旅行でインターネットを利用できない環境にあったため、
更新できませんでした。
また明日から更新できたらと思っています。
無事に明日を迎えられるでしょうか。
金正恩の核ミサイル 暴発する北朝鮮に日本は必ず巻き込まれる【電子書籍】[ 宮崎正弘 ]
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07:誰にも言えない
「誰にも言えない」ってことありますよね。
過去にしてしまったことかもしれないし、現在進行形でしている何かかもしれない。
別に悪いこと・違法なこととは限らないと思います。
自分だけのものにしておきたい、この世界には誰にも入ってほしくない、たとえそれが恋人や配偶者でも。
そんな気持ち、分かります。私も、このブログを妻には秘密で書いてますし。
そんな私の妻も、秘密の世界を持っていました。過去形なのは、今はもうその世界は滅びてしまった(私が滅ぼしたのかもしれません)のですが。
その世界とは。
「お菓子を隠す世界」です。
夕食後、「なんかお菓子食べようかー」なんていって、いつもの場所を見ても何もないときってありませんか。「あれ、あのクッキーもう食べちゃった?」「ごめん、さっき食べちゃったよ!」「そっか、そしたら何もないか・・」という感じに。
そんな時、「あ!」といって妻がどこかへ姿を消しまして、お菓子を手に戻ってくることがよくありました。「あれ、どこにしまってたの、それ」と尋ねても、「どこでもいいでしょ、へへ」といって教えてくれませんでした。なんでも、リビングにあるお菓子以外に、お菓子を隠す場所がどこかにあって、そこから随時補充しているとのこと。
通常、私は気になったことは追及し白状させるタイプなんですが、この時は「きっとこれはそっとしておいたほうがいい世界なんだろうな」と直感的に悟り、深くは聞かないことにしました。狭いマンションでしたから家じゅう探せばきっと在処は分かったと思いますが(きっとあそこだろうと思う場所はありました)、なぜか探す気持ちになれず、怪しい場所はあえて見ないようにしていた記憶があります。
いつの間にか「お菓子を隠す世界」は滅びてしまったようですが、今になって「あの時しつこく追及して無理やり言わせなくてよかった」とつくづく思います。あくまで僕の考えですが、結婚したばかりの時って、独身の時に比べるといろんなことを夫婦間で「共有」しなくてはいけなくなると思うんです。家計のやりくりから、食べる物のこと、仕事のこと、家族のこと、自分の考え方や気持ちなど。人によっては、「他者との共有」に対する拒否感?が強くて、大変に感じる場合もあるんじゃないかと思うんです。うちの妻はまさしくそうだったと思います。そんな彼女が、「誰とも(つまり私なんですが)共有しなくてもいい場所」として大切にしていたのが、「お菓子を隠す世界」だったんじゃないかと思うんです。「この世界は自分だけのもの、自分の好きにしていい場所」があることで、どこか始まったばかりで不安定な「結婚」というもののバランスをとっていたんではないかと思います。
今となっては「お菓子を隠す世界」は存在していないのですが、それは彼女が「他者との共有」の積み重ねである結婚というもののバランスをうまく取れるようになってきたということなのかもしれません。
ちなみに「お菓子を隠す世界」がどこに存在していたのかは、今もわからないままです。
何もかも知ろうとすべきではないし
何もかも知らせようとすることもない
06:いつか腐るだろう
買ってきた肉や魚はどうしますか。
「え?すぐに調理するか、冷蔵庫にいれるか、冷凍するかでしょ?」
僕もそう思います。
でも。
うちの妻は違います。
どうするかといいますと、
「そのまま放置」です。そして、なかなか調理が始まらない。下手したらそのまま次の日まで持ち越しです。
いや、正確には「放置でした」ですね。長年に渡る説得の結果、今は冷蔵庫に入れてくれるようになりました。それまで何度、腐ったことか。
(※念のため補足しますが、もちろん出来るときには私が冷蔵庫にしまっていました。でも、後述しますが、そうやって放置しておくとどうなるかを本人に実感してもらいたくて、あえてそのままにしていたこともある、という意味です)
この「長年に渡る説得」がとても難しかった。
妻は、何か「特別なこだわり」をある行動にもっている場合があって、この「肉の放置」がもしこのこだわりに起因するものだすると、そこを「否定すること」は彼女を否定することになってしまう(ようなんです。分析の結果)。
だから、非常に複雑なんですが、
「君は価値のある人間だし、君のしていることは悪いことでもないし、そういう風にしたい気持ちもわかるんだけど、やっぱり腐ってしまうのはもったいないからすぐに冷蔵庫に入れるのがいいと思うんだけどどうだろうか」くらいのことを言う必要があるわけです。このまま伝えるわけではないですが、「このくらいのことがわかってもらえる内容」で伝える必要があるわけです。
それも繰り返し。正直、疲れますよ。
「肉の放置」が物理的に正しくないのは明白なんですが、じゃあそれが「人として間違っているか」となるとそうではないですよね。失礼な言い方ですが、「単なる無知」かもしれないし。
妻は、何かを否定されるとき(今回の場合、「買ってきた肉を冷蔵庫にいれないこと」)に、それを「自分が否定された」と強く感じるみたいです。だから(僕もよくやってしまったんですが)「ねぇ、なんですぐに冷蔵庫に入れないの?腐るに決まってるじゃん?」みたいな指摘だと「肉を冷蔵庫にしまえず腐らせてしまう私」「叱られてしまった私」のような感じで刺さってしまうんですね、彼女には。
彼女には、
『変化するべき部分は誰にでもあるものであり、それがあるからって自分に価値がないわけではない。そこを変えていくことで、「今、すでに素敵」だけど、「もっと素敵」になれるってことだよ』
これが伝えられたらいいかなって思いますね。
「素敵になんかならなくていい」って妻には言われそうですけど。
きみも ぼくも どこか変わらなくちゃいけない
05:病気だったら割り切れる
経験者の方ならわかっていただけると思いますが。
相手の行動や発言が全く理解できない時。
「常識」とか「それが当たり前」とか「普通そうでしょ?」とかは当てにならないと分かってはいるものの。
「でも、いくらなんでも、このことについては自分の考え方が普通でしょ??」と感じてしまうことがある。
そんな時。
いっそのこと原因は病気だ、ってことならどれくらい楽になれるだろう。
「あ、アスペルガーだから、相手の気持ちを想像するのが苦手なんだった」
「まあ、ADHDだから突拍子もないことしちゃうよね」と割り切れる。
本人も、少なからず感じている違和感(どうも自分は周りからなんかずれてるようだ、という感覚)に落とし前を付けられるのでないかと思うんです。
でも。
相手を無理やり病気に仕立て上げるようなことはしてはいけない。
気付かないうちに僕はそうして彼女を傷つけていたのではないか。
今になって、そんな風に思っています。
相手を気遣っているつもりで、自分が楽になりたかっただけなのではないか。
意図的ではないにしろ、自分は今のままで(変わる努力もせず)、現状を受け入れるために。
そんなのこれっぽっちも優しくないですよね。
何でも君のせいにした 僕は優しいふりをした卑怯もの
04:掃除機かけたよ
あなたはきれい好きですか?
「きれい好き」の定義はなかなか難しいですが。
単に「きれいな状態が好きかどうか」というより「きれいな状態が好き、かつそのために整理整頓もできるか」くらいまで求められている気がしないでもないですよね。
私は「きれいな状態は好き」ですが「そのための整理整頓」は全く苦手ですね。
自分の机の周りくらいは頻繁に整頓しますけど、ソファの上、リビングの床とかは散らかり放題です。ルンバとかあっても障害物が多くて仕事にならないと思います。
とはいうものの。
さすがに限度はあります。脱いだ服があらゆるところに散乱していたり、買い出ししてきたものがエコバッグに入ったままずっと床に放置されていたり、読みかけの雑誌が何冊も開いたまま落ちてたり、食べかけのお菓子が生身のままテーブルの上に放置されていたりすると、「これはいかんだろう」という感覚になります。
でも。
うちの妻のこっちの感覚はかなり独特で。前述のような感じでもおよそ気にしません。
気にするのは「相手が気にし始めた」とき。僕が「何か、散らかってるなぁ」といって片付けはじめると(ちなみに散らかっているほとんどのものは妻起因のものです)、「あ、この人にとってこの状態はだめらしい」といったセンサーが作動し、「自分も何か手伝ったほうがいいのかな?!」と反応しているように見受けられます。でも、本人自身に「散らかってる」という認識がないこと、そして「何をどうしたらいいのか全く分からない」(本当に「?」みたいな感じでフリーズしている時もあります)ので、結果、混乱して疲れてしまう→もうこんなのやだ!の流れにいってしまうみたいです。
こんなエピソードがあります。
ある日、仕事から帰宅すると、妻はうれしそうに「今日、掃除機かけたよ!」と教えてくれました。「そう、ありがとう!」とは答えたものの。
床の状態は今朝見たのとまったく同じ光景。散らかり放題。
どうやら、そのままの状態で、わずかに顔をのぞかせているフローリングの部分に掃除機をかけたということだったみたいです。
掃除機は、まず床を片付けてフローリングが見えるようにしてからかけるんだよ、と言いたいところを呑み込みましたが。
こういうところ、苦手な人にとってはわからないものなんでしょうね。今になってそう思います。
「散らかってる」の感覚は みんなが同じわけではない
03:うれしいの感性
付き合い始めたばかりのころ、彼女にプレゼントをしたことがあります。
彼女は僕のことをあるキャラクターの名前で呼んでいたので、
そのキャラクターにちなんだグッズを選んで。
喜んでくれるかな、と思い渡した瞬間のリアクションは今でも忘れません。
「うれしくないです!!」
・・・・。そりゃ、絶対に喜ばれるなんて思ってませんよ?感動を強要するつもりもないし、正直、これいらないなって感じるプレゼントがあるのもわかるけど。
でも、面と向かってこのリアクションはないでしょう。とりあえず「ありがとう」って言いません?
と、その時は今後のふたりの関係に不安を感じさせる、なかなかの重たい一発をみぞおちに叩き込まれたわけでした。
でも今になって思います。こういう気持ちになるってことは、やっぱりどこかにリアクション、それも自分が思い描いているリアクションを期待してるってことなんだと思うんです。そして、予想だにしなかったリアクションが返ってきたことに腹が立ったり、がっかりしてしまう。
難しいですけど、「リアクションの期待」なんてしないでプレゼントできてたら、きっとこんな気持ちにはならなかった(残念とは感じても、そこまで落ち込まないですむ)のかな、と思いますね。当たり前か。
特に、思ったことを思ったように口にしてしまいがちな人が相手の時はなおのこと。
今は、彼女の欲しいものを聞いてからプレゼントします。これが安心安全です。
うれしいの感性やありがとうの感度がみんな一緒とは限らない
02:いつまで続けるつもり
「小豆洗い」という妖怪がいるそうです。
詳しくは知りませんが、ひたすら小豆を洗うだけの妖怪。
別に何の悪さをするわけでもないそうです。
うちの妻は「小豆洗い」でして。
いや、正確には「お米洗い」か。
詳しくは知りませんが、ひたすらお米を洗っています。
洗うもそうなんですが、選別もしているみたいです。
「欠けているお米」が許せないみたいで、ひたすらやってますね。
夜中の2時くらいまでシャリシャリしていたこともあります。
ほんとにやめる気配がなかったので「もう寝よう?」といって一緒に寝ました。
いまでもシャリシャリは毎回長いですね。さすがに夜中の2時はそうそうないですが。
彼女は、こういうこだわりがものすごく強いです。
ここまですれば炊き上がったご飯は美味しいですけど、待ってるのも大変です。
でも、責めちゃいけない。責めたらまた壊れてしまう。
どこに どれだけ時間をかけるかは あなたの自由